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「神の見えざる手」 の秘密

 投稿者:薮野 まさあき  投稿日:2005年 5月17日(火)22時18分42秒
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   アダム・スミスの「道徳感情論」を流し読みしている。本人は今日、有名な国富論より「道徳感情論」を評価していたそうだが、現代の社会心理学からすると、さしたる知見はなさそうである。政治学や法学への展開も不十分で、ホッブスらと比較しても見劣りがする。

 ただ、経済界の調和をもたらす仕組みを「神の見えざる手」とした経済学理論としての欠陥は、これによって補填されるのではないだろうか。というのは第2部第2篇最後で、人間の行為を統御する存在を意味するnatureの語が第2部の最末尾で「神」に置き換わるからである。

 この意味はけっして軽くない。「道徳感情論」こそ初期経済学の古典である国富論を裏から読み解く重要な鍵だからである。その「道徳感情論」の同一版における表記のぶれにとどまらず、刊行経過をみても、第3版までは小文字の natureだったのが、第4版以降、一斉に絶対者を示唆する大文字のNatureに「修正」されるのである。
 つまり、せっかく普遍理論としての社会科学を構想しながら、その根拠を説明できず、在来の信仰へ逃げ込んでいるのである。

 とはいえ、Natureが「道徳感情論」公刊当初、nature(自然)と表記されていたことは国富論における商品の需給の一致をもたらす原理に対するスミスの勘を証明する。19世紀のクルノーは価格形成の説明に微積分法を用いたが、「道徳感情論」におけるnatureの記法はクルノーの名著「冨の理論の数学的原理に関する研究」が近代経済学の嚆矢となったことを予感させるものである。

 というのもクルノーはたしか解析力学の学徒だったはずで、その後の自然科学を普遍言語として社会科学を読み解く論理実証主義の先駆けともみなせるからである。

 このように見てくると、スミスは小文字のnatureによって、社会の運営原理を自然界の法則と等価とみなしていたことが分る。つまりクルノーの発想をさらに先取りしていたわけである。

 なお論理実証主義は20世紀前期、クルノーや解析力学は19世紀の産物だから、スミスの見識がいかに進んでいたかが分る。「神の見えざる手」という不用意な規定に秘められたスミスの発想が明らかにされる日を待ちたい。
                   06-6422-2812
 

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