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山と聖書

 投稿者:旅人メール  投稿日:2005年11月 4日(金)11時41分1秒
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  内村鑑三「聖書之研究」大正2年(1913年)10月10日号より
※常用漢字、現代仮名遣いにするなど若干表現を変えて引用しています。また、聖書からの引用は、新改訳に置きかえています。
quote:
           箱根山中に遊んで感あり

 山に入らずに山を知ることはできない。これを遙か遠方から眺めて、その風景を賞することはできるが、山そのものを知ることはできない。それと同様、聖書に入らずに聖書を知ることはできない。これを遙かに批評の立場から望み見て、その壮美を賞することはできる。しかし、聖書そのものを知ることはできない。聖書に入って聖書を見れば、金鉱銀鉱至る所にあり、巌(いわ)には宝玉がちりばめられ、丘は錦繍(きんしゅう《美しい衣服または織物》で彩られている。命の河があってその中を流れ、希望の海があって、その岸を洗う。正義の市(まち)があって、その道は真直ぐである。真理の園があり、その花は馨(かぐわ)しい。正にこれは、神が造営されている宇宙の大公園である。その中に逍遥すれば、百年の命も長くはない。単独の生涯でも寂しくはない。聖書に入り、これと親しむことができて、現世(このよ)にいながら既に天国に遊ぶ感じがする。
unquote.

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