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(無題)

 投稿者:大日本中国学会総代  投稿日:2011年 3月30日(水)21時41分34秒
返信・引用
  この度の東日本大震災により被災されました方々、ご家族、並びに関係者のみなさまに、心よりお見舞い申し上げます。被災地が一日も早く復興することを心よりお祈り申し上げます。  
 

あれあれ汗

 投稿者:吉川贋次郎  投稿日:2010年 9月26日(日)11時46分42秒
返信・引用
  このサイトまだあつたのねえ。
飯島愛のブログぢやあるまいし。
ワタシが一年前に入院してゐたときにいたづらしたまま。
ずく玉ちんは危険な学校で奴隷労働、
ま。さん又の名は財前教授は医療事故で莫大な賠償金を支払ひ免職。
ワタシは優雅に貴族生活。
 

(無題)

 投稿者:ヘンタイ  投稿日:2009年 9月 5日(土)10時54分14秒
返信・引用
  (この記事に本文はありません)  

おやおや

 投稿者:吉川嘘次郎  投稿日:2009年 8月27日(木)19時52分19秒
返信・引用
  この掲示板はわたしが占領しちやつたやうですね。それぢやこのままつかひませうか(笑)

http://朕今爾善良なる臣民に告ぐ。

 

Re: 旅順三首【續訂正版】

 投稿者:吉川嘘次郎  投稿日:2009年 8月20日(木)16時47分24秒
返信・引用
  > No.8[元記事へ]

吉川嘘次郎さんへのお返事です。

以下の漢詩の訓読文の表記に間違ひがありましたのでお詫びして訂正いたします。

凱旋


皇師百萬征強慮
野戰攻城屍作山
愧我何顔看父老
凱歌今日幾人還

皇師百萬強慮を征す
野戰城を攻め屍は山を作(な)す
愧づ我に何の顔(かんばせ)ありて父老に看(まみ)えん
凱歌今日幾人か還る


いくら病中とはいへかなづかひを間違へたのは恥づかしい次第です。

http://(汗)

 

Re: 旅順三首【訂正版】

 投稿者:吉川嘘次郎  投稿日:2009年 8月20日(木)02時25分25秒
返信・引用
  > No.8[元記事へ]

吉川嘘次郎さんへのお返事です。

以下の漢詩の訓読に間違ひがありましたのでお詫びして訂正いたします。

爾靈山

爾靈山嶮豈攀難
男子功名期克艱
鐡血覆山山形改
萬人齊仰爾靈山

爾靈山の険しきことあに攀るは難からんや
男子の功名は克艱に期す
鐡血は山を覆ひ山は形が改まる
萬人齊く仰ぐ爾靈山

一句目、「豈攀難」は全体で「険」の補語となります(ちなみに「攀難」だけをみると主語+述語の構文となつてゐます)。随つて全体はこのやうに訓読せねばなりません。なほ訳は「爾靈山(二〇三高地)はどうして攀登ることができないほど険しいことがあらうか、いやそんなに険しいことはない」となります。お詫びして訂正いたします。
一体漢文を教へてゐる教師は高校と豫備校との区別なく今や大学および大学院の教員ですら、支那語における補語についてまつたく理解できてゐません。困つたことです。支那語における補語とは敍上のごとき構文を取るばあひに限ります。現在の学会の主流は音読漢文学なんですから支那語の文法をきちんと学んでゐるはずなのに、文法をきちんと学ぶ学生は限られてゐますからやはり表向き訓読漢文学を否定しながらも訓読文がないと漢文を読むことができない手合ばかりなんですね。わたしは古典支那語文法をきちんと学んでゐるから訓読漢文学を否定しません。

http://訂正とお詫び

 

愛?

 投稿者:吉川嘘次郎  投稿日:2009年 8月15日(土)07時11分41秒
返信・引用
  逢戀
山城直江兼續

風花雪月不關情
邂逅相逢慰此生
私語今宵別無事
共修河誓又山盟

風花雪月情に關せず
邂逅相逢うてこの生を慰めん
私語して今宵別れに事なく
共に修めん河の誓また山の盟を
(註)
山城…兼續の号
相…ここでは愛人をさす
(訳)
ずつと逢へなかつたけどそんなことどうでもいいの
やつとあなたに逢へてめつちやうれしいわあ
いくらハメてもかまはないのよ
またいつかいつぱいハメまくりませうね


直江兼続は意外に漢詩が巧みであつた。しかし漢詩に男女間の恋愛を詠むことは閨怨詩ならいざ知らず邪道である。この詩の詠詩事情が不明のため真意がわからないがまさか自分の妻に対する愛情を詠んだものなどとゆめ考へてはならない。
一体「愛」とはこの時代において「愛別離苦」とあるやうに煩悩のひとつであり、いくら兜に「愛」の一字を掲げたからとはいへ兼続の民を愛する気持を表明したものだといふ与汰ばなしに騙されてもいけない。
「愛」が現在の意味に用いられるやうになつたのは明治時代の讃美歌の第一次飜訳からのことだからである。ここでつかはれた「愛」といふことばを浪漫派の詩人が多用し、さらに漱石が愛を出題にした小説を朝日新聞に聯載することによつてこのことばが日本語に定着したわけ。慾望装置としての文学を端的に示した例だ。
とはいふもののこんな漢詩をつくつたから目がウルウルのいけすかない武将がTVにでてくるのだらうなあ。ああ嫌だ!

http://♪ヱス我を愛すさやう聖書まをす歸すれば子たち弱いも強いハイヱス愛すハイヱス愛すハイヱス愛すさやう聖書まをす

 

Re: 秋水遺稿二首【訂正版】

 投稿者:吉川嘘次郎  投稿日:2009年 8月14日(金)14時13分41秒
返信・引用
  > No.14[元記事へ]

吉川嘘次郎さんへのお返事です。

以下の漢詩の訓讀に間違ひがありました。

辭世

區區成敗且休論
千古唯應意気存
如是生而如是死
罪人又覺布衣尊

區區たる成敗はまさに論ずるを休(や)めるべし
千古はただまさに意氣に存すべきのみ
かくのごとく生きてかくのごとく死す
罪人また布衣の尊きを覺ゆ

第二句目、助字の「唯」を忘れてゐました。お詫びして訂正いたします。
 

秋水遺稿二首

 投稿者:吉川嘘次郎  投稿日:2009年 8月14日(金)13時56分24秒
返信・引用
  佚題
秋水幸徳傳次郎

舎生取義
殺身成仁
安君一擧
天地皆震

生を舎(す)て義を取り
身を殺し仁を成す
安君の一擧は
天地みな震ふ

(註)
安君…朝鮮の独立運動家安重根のこと。1909年10月26日哈爾濱駅頭で朝鮮統監府初代統監伊藤博文(当時は枢密院議長)を暗殺し翌年處刑さる。春秋32。


辭世


區區成敗且休論
千古唯應意気存
如是生而如是死
罪人又覺布衣尊

區區たる成敗はまさに論ずるを休(や)めるべし
千古はまさに意氣に存すべきのみ
かくのごとく生きてかくのごとく死す
罪人また布衣の尊きを覺ゆ


秋水幸徳傳次郎。大逆事件に連座し1911年1月24日處刑さる。春秋39。

夏目漱石の『こゝろ』が大逆事件にかかる漱石の反應であると解釋したのは渡辺直己であつた(『不敬文学論序説』)。ところが最近韓國の研究者により『門』は安重根による伊藤博文暗殺を背景に描いたものとの新解釋が提出された。恐らく漱石のテクストを今ここで讀みなほすことは高校の現代文のごときひよわな道徳的讀解を輕やかに拒否させるthrillingな冒険を體驗さしてくれるだらう。さう。漱石のテクストこそは近代日本に對しておかまを堀りつづけてゐるのだから。

http://我革命のために死す。満歳!

 

自由民權運動

 投稿者:吉川嘘次郎  投稿日:2009年 8月13日(木)19時51分38秒
返信・引用
  詠加波山十六士
富松正安

十六男兒擧義兵
倶極必死不許生
義勇旗飜加波山頂
爆裂彈轟下館城
天運未到及殺戮
國家從是赴衰傾
噫壯士難成如何
半宵提劍望寒月

十六の男兒義の兵を擧ぐ
ともに必ず死を極めて生を言はず
義勇の旗は加波山頂に飜り
爆裂彈は下館の城に轟く
天運いまだ到らず殺戮に及ぶ
國家はここに從ひ衰傾に赴く
噫壯士いかんとも成しがたく
半宵劍を提げて寒月を望む


明治時代に自由民権運動が盛んになつたとき茨城の加波山に十六人の壮士がこもつて抵抗した事件がある。生き残つた者がその事件を追憶して詠んだ詩なんだけどこれがねえ。
漢詩には字あまりだの字足らずだのがあつてはいけないことはいふまでもないが句跨りがあるのは素人以下の作。四句目「爆裂/彈轟」なんかひどいものだ。さらに「義」「士」いづれも一首中に重複して用ゐられてゐるのもいかがなものか。
大狂気の時代だつた明治維新期の血腥さを無視してノスタルジックに歴史を語ることは誰にも許されず、まして自由民権運動に至つては維新に遅れてきた青年による狂気の反復にすぎぬものとしか評価することができない。とはいへもう少し光をあててやつてもいいのではないだらうか。
しかしながらこの漢詩については、社会的な事件を関係者が詠んだことくらゐしか評価できず、酒の席で詩吟をするための作、ついでに剣舞でもしたら喜ばれるだらう、ただそれだけの凡作としかいひやうがない。

http://權利幸福嫌ひな人に自由湯をば飲ませたいオツペケペーオツペケペーオツペケペツポペツポツポー

 

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