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殉国者・東条英機

 投稿者:愛国主義者  投稿日:2008年 8月12日(火)19時33分47秒
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  まもなく、8月15日がきます。
終戦の日が近づくたびに、靖国神社に関する
記事やら東条英機閣下をはじめとする英霊達を
侮蔑する記事が報道される。


反日新聞こと毎日新聞からです。
新聞社が新聞社ですので、何故この時期に?
と記事が書かれた経緯も疑問符が付いてしまいますが。

とくに今回は、おかしな注釈は書いてはいないようです。

東条英機閣下の心境をつづった手記ということです
まさに大東亜聖戦は<東亜の安定と自存自衛>であることを
日本人は強く認識しなければいけない!

東條閣下よ!!
己に一身に全ての責任を負い、皇室を救い、日本を救い、
国民を救った英雄よ!
その潔さ!まさに男であった!

戦犯の汚名をかぶせられた<救国の悪党よ!>
貴方が悪党であることで、今日の我々が
存在することに日本人は感謝しなければいけない!

石原慎太郎よ!貴様は国家どころか自身がつくった
新銀行東京でさえ立て直すことができぬではないか!
一国を救うことと、出来損ないの銀行を立て直すこともできぬ人物・・・・・

いささか、格が違いすぎるんじゃねえか?
悔しいなら、<悪党>の名前でも冠してみろや。
東條閣下をコケおろしたければ、<戦犯>の汚名でも
きてみろや!


<東条英機・陸軍大将>手記を確認…終戦直前の心境つづる
8月12日12時40分配信 毎日新聞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080812-00000040-mai-soci


太平洋戦争開戦時の首相、東条英機・陸軍大将が終戦直前の1945年8月10〜14日につづった手記が、国立公文書館(東京都千代田区)に保管されていることが分かった。戦争目的を「東亜安定と自存自衛」としたうえで、ポツダム宣言受諾を「敵側の隷属化に立つに至る」とつづっている。また、敗戦理由を「敵の脅威におびえ簡単に手を挙ぐるに至るがごとき国政指導者及国民の無気魂」としながらも、開戦に及んだ指導者としての責任に触れている。

【写真特集】米兵が撮った1945年の東京

 手記は、政府がポツダム宣言受諾を決めた45年8月9日の翌日の10日に首相官邸で開催された重臣会議の様子についての記載から始まり、席上、戦争目的が達成されないままポツダム宣言を受諾すれば、戦争による多くの犠牲者が死んでも死にきれない、という趣旨の発言をしたことが記述されている。しかし、昭和天皇の裁断で、終戦を受け入れたことを示す記述もある。

 11日から13日にかけては、今後の情勢分析や敗戦の原因などをつづっている。14日には、首相時代の秘書官あてで「死をもっておわび申し上ぐる」と記したり、戦犯に問われることを予期して「敵の法廷に立つごときは日本人として採らざるところ」とも記し、自殺する覚悟をつづった。

 東条大将は41年10月に首相に就任したが、戦局の悪化を受けて44年7月に辞任。45年9月に自殺を図ったが、一命を取り留め、極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯として死刑判決を受け、48年12月に処刑された。

 手記は、東京裁判で東条大将の弁護人を務めた清瀬一郎弁護士が法務省に寄贈した資料の中にあった。99年に法務省から公文書館に移管された。

 「東京裁判」などの著書がある赤沢史朗・立命館大法学部教授の話 終戦直前の東条元首相の考えを間接的に示す資料はこれまでもあった。こうした資料に記載されていたことが、この手記で本人の考えとして明確に裏付けられた。

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